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岡山地方裁判所 昭和42年(ワ)39号 判決 1968年5月29日

控訴人 藤井長

右代理人 岡崎耕三

<ほか一名>

被控訴人 小野寺菊三

右代理人 河原太郎

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、岡山市東中島町一一五番地宅地三六坪三合七勺のうち、別紙目録記載家屋の一部の敷地三坪三合三勺をその地上にある右建物部分を収去して明渡し、かつ、昭和三二年五月二一日以降右明渡済みにいたるまで一ヵ月二〇〇円の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

この判決の主文第二項はかりに執行することができる。

事実

一、申立

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二、請求の原因

(1)  岡山市東中島町一一五番の宅地三六坪三合七勺は被控訴人の所有であるところ、右土地の一部約三坪三合三勺の土地(別紙目録図面に赤斜線で示した建物部分の敷地となっている部分、以下本件土地という)上に、同所一一五番地一木造瓦葺平屋建居宅床面積二六坪七合四勺(以下本件建物という)の一部である右建物部分が建てられている。

(2)  控訴人は昭和三二年五月二一日以来本件建物を所有して本件土地を占有している。

(3)  そのため、被控訴人は本件土地の使用収益を妨げられ、月額六〇〇円の割合による賃料相当の損害をこうむっている。

三、答弁

(1)  請求原因事実(1)のうち、岡山市東中島町一一五番地宅地が被控訴人の所有であること、および本件土地上に被控訴人主張の建物部分が建てられていることは認めるが、本件土地が被控訴人の右土地の一部であって被控訴人の所有であることは否認する。本件土地は、控訴人が本件建物の前所有者たる訴外岩井類二郎より本件建物と共に買受けたものであって控訴人の所有である。仮に然らずとするも、本件土地は隣地所有者たる訴外石原長次郎の所有にかかる岡山市東中島町一一五番ノ一宅地六一坪五合の一部である。

(2)  請求原因事実(2)は認める。

(3)  請求原因事実(3)は不知。

四、抗弁

(一)  権利濫用の抗弁

仮に、本件土地が被控訴人の所有であったとしても、本件建物は前記の如く控訴人が右岩井から買受けたものであるが、本件建物の建坪二六坪七合四勺のうち本件土地上にある部分は三坪三合二勺余に過ぎず、その大部分は右石原の所有地上にある。

このような場合は、相隣関係の原則に従い控訴、被控訴人間の本件土地の利用関係は石原と控訴人間の土地と建物に関する法律関係の支配に従属すべきものとするのが合理的である。そのうえ被控訴人は過去において岩井に対して本件土地上に本件建物の一部があることを承認していたのみならず、本件土地上にある本件建物部分は僅少ではあっても表玄関にあたり、これを切断除去されると本件建物全体が殆んど無価値となるに等しいのであるから、境界線付近の建築制限について民法二三四条二項但書の定めている趣旨を推及してみても、被控訴人の本件権利の行使は権利の滝用であって許容されるべきではない。

(二)  買取請求権行使の抗弁

(1)  仮に右の抗弁が認められないとしても

(イ) 岩井は、昭和二二年四月被控訴人から本件土地を建物所有の目的で期限の定めなく賃借した。

(ロ) 控訴人は、昭和三二年五月二一日岩井から右賃借権とともに前記一一五番の一宅地と本件土地とにまたがり建築された本件建物を買受けた。

(ハ) 控訴人は被控訴人に対し、昭和四〇年四月一日の本件原審第一二回口頭弁論期日において本件建物全部の買取を請求した。

(ニ) 本件建物全部の時価は一、〇六九、六〇〇円である。よって右金員の支払いと引換でなければ本件土地の明渡に応ずることはできない。

(2)  仮に本件建物全部の買取請求が認められないとしても

(イ) 控訴人は被控訴人に対し、本件建物のうち本件土地上にある部分のみを買取る義務がある。

(ロ) 右部分の建物の時価は三五六、五三三円である。

よって右金員の支払いと引換でなければ本件土地の明渡に応ずることはできない。

五、抗弁に対する答弁

抗弁事実のうち本件建物の大部分が石原の所有地にあることは認めるが、被控訴人の本件権利の行使が権利の濫用であることは争う。

抗弁事実(二)のうち、(1)の(イ)、(ロ)はいずれも認め、その余は否認する。本件土地にある建物の部分は三坪三合三勺余にすぎず独立の所有権の対象となりえないから、その部分のみの買取請求は許されない。まして大部分が他人所有地上にある本件建物全部の買取請求の許されないことは明らかである。

六、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因事実(1)のうち、本件土地上に別紙目録記載の建物部分が建てられていること、および請求原因事実(2)については当事者間に争いがなく、本件土地が被控訴人の所有であることに関する当裁判所の判断は、右認定に反する原審における控訴人本人尋問の結果は信用できないし、当審における控訴人本人尋問の結果も右認定を左右するものではない、を付加するほか原判決理由記載中、当該部分すなわち、原判決五枚目裏八行目「証人高木竜治」以下六枚目表三行目「肯認される」および六枚目表八行目「成立に争いのない乙第一号証」以下六枚目裏三行目「存在しない」までと同一であるから、これをここに引用する。

してみると、控訴人は被控訴人に対し、本件土地をその地上の係争建物を収去して明渡し、かつ昭和三二年五月二一日以降右明渡済みまで本件土地の使用収益を妨げられたことにより被控訴人のこうむるべき賃料相当の損害を賠償する義務がある。そして、≪証拠省略≫によると、被控訴人は岩井類二郎に対し本件土地を含む約一〇坪の土地を月額六〇〇円の賃料で賃貸していたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫右事実によれば、本件土地三坪三合三勺に対する賃料相当の損害金は月額二〇〇円を下らないということができる。

二、そこで、まず控訴人の権利濫用の抗弁について判断する。

本件建物建坪二六坪七合四勺のうち、本件土地上にある部分は約三坪三合三勺であることは当事者間に争いがない。

控訴人は、右のような場合には相隣関係の原則、殊に民法二三四条二項但書の規定の趣旨が斟酌されるべきであると主張するのであるが、右規定は越境の場合につき直接定めているものではないから、その類推適用は安易になさるべきではなく、ただ越境建物が容易に動かすことのできないものであって巨額の撤去費を要するような場合に始めて類推適用の余地が生じると解するのが相当である。

ところが、≪証拠省略≫によると、本件建物は全体は健全であるが、昭和二三年頃に建築された木造瓦ぶき平家建のやや古いものであることが認められ、右事実によると本件建物の撤去に格別巨額の費用を要するものとは考えられない。従って、本件の場合には右規定の類推適用を論ずる前提を欠いていることになる。

また、≪証拠省略≫によると、被控訴人は岩井に本件土地上に本件建物の一部があることを認めたうえ期限の定めなく同人に本件土地を含む約一〇坪の土地を賃貸していたが、控訴人から本件建物取得後本件土地賃借の申出、或いは地代の提供などを受けたことは全くなかったことが認められ、反対の証拠はない。右事実によれば被控訴人が本件土地上にある本件建物の存在を承認していたのは岩井に対してであり、なお土地所有者は自らすすんで地上建物の新所有者に対して借地権を設定、又は承諾する義務はないのであるから、建物の所有者が変わった後数年を経て建物収去の請求をしてもこれを目して直ちに権利の濫用とはいえない。さらに、本件土地上の本件建物部分が表玄関にあたることについてはこれを認めるに足りる証拠はなく、仮にそうであったとしても、≪証拠省略≫によれば、もともと本件建物は控訴人自身が居住するために取得したものではなく、いずれは岩井に買戻させる意図のもとに買受けたものであって、買受後現在に至るまで第三者に賃貸している事実が認められ、右事実によれば被控訴人の本件建物収去土地明渡の請求が控訴人の受忍の程度を越えた損害を惹起するものとはいえない。その他、被控訴人の本件権利の行使が殊更に控訴人に対する加害の意思、目的をもってなされたことを認めるに足る証拠もない。よって控訴人の右抗弁は理由がない。

三、進んで控訴人の買取請求権行使の抗弁について判断する。

一般に所有者の異なる数筆の土地上に跨って存在する建物につき買取請求権を行使する場合には、これを行使する相手方所有地以外の他の土地についてはその所有者と建物所有者との間に土地賃借権が存続していることが前提となると解すべきである。けだし、他の土地について賃借権が従前より存続している場合にはその土地所有者は買取請求権が行使された結果建物を取得した相手方に対する賃借権の譲渡を拒みえない不利益を負担するにとどまるのに対し、もともと建物所有者との間に賃借権が存在しなかった場合に買取請求権が行使された結果、突如として建物を取得した相手方に対する賃借権の設定を認めなければならないとするのは土地所有者に対し余りに公平を失した不利益を負担させ、また賃借地上の建物の存続をはかり、間接的に賃借権に譲渡性を与える作用を営むことを目的としている建物買取請求権制度の本質を逸脱することにもなるからである。そして、本件においては右の点、すなわち控訴人と石原との間に賃借権が存続していることについては何らの主張立証は存しない。かえって≪証拠省略≫によれば、石原と岩井は昭和三一年一一月二四日岡山簡易裁判所昭和三一年(イ)第一一九号起訴前の和解申立事件において、岩井は石原に対し本件建物の収去、その敷地明渡しの義務があることを認め、なお石原は右義務の履行を昭和三四年一二月末日まで猶予するが、岩井が昭和三一年一一月二五日以降坪当り五〇円の地代相当の損害金を定められた期限までに支払わなかったときは催告を要せず直ちに本件建物の収去、土地明渡しを請求しうることなどを内容とする和解が成立したが、その後岩井は期限の利益を失い、石原において昭和三二年六月二九日岩井の特定承継人である控訴人に対する強制執行のため承継執行文の付与を受けている事実が認められる。右事実によれば、控訴人は石原に対して同人所有の土地上の本件建物を収去し、その敷地を明渡すべき義務を負担していることが明らかである。よって、本件建物全部の買取を請求する控訴人の抗弁(二)の(1)はその前提を欠き理由がない。

次に、建物買取請求権はそれが行使されることによって建物の所有権は土地賃貸人に移転するのであるから、買取請求の対象となる建物は独立の所有権の客体となるに適するものであることを要する。それは、必らずしも一棟の建物であることを要しないが、その一部であるときは区分所有権の対象となるものでなければならないと解すべきところ(最判昭和四二年九月二九日民集二一巻七号三二二頁)、本件建物のうち本件土地上にある部分が独立の所有権の客体たるに適することを認めるに足りる証拠はない。よって本件建物のうち本件土地上にある部分のみの買取を請求する控訴人の抗弁(二)の(2)もその前提を欠き理由がない。

四、以上により、被控訴人の本訴請求中、建物収去土地明渡を求める部分は正当であるが、賃料相当の損害賠償を求める部分は月額二〇〇円の割合による金員の支払を求める限度で正当であり、その余は失当として棄却することを免れない。そうすると、被控訴人の請求全部を認容した原判決は一部不当であるからこれを変更することとし、民事訴訟法第三八六条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 五十部一夫 裁判官 金田智行 大沼容之)

<以下省略>

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